昭和46年4月10日 月次祭      (末永信太郎)   №46-046



 先ほど、前講を(中江さん?)の奥さんが勤めておられました。ご主人と朝参りを始められるようになって、これは、奥さんの方のことですけど、丸四年になると言うておられます。よう続いたもんだなと思います。夫婦で丸四年、朝参りが続いた。ね。そして、お話したいことがあまり多くて、さあ、ここに立ったからと言うて、ちょっとお話がでけんと言うておられました。
 五年間の様々なおかげというのは、もう、本当に(込めども?止めども?)尽きぬほどの、どこをどう話してよいか分からないほどしのこと。ただ、それを結論すると、親先生にどうか喜んで頂きたいという一念と言うておられます。只今、団参のことで、団長からいろいろ(つみ?説明?)があっておりましたが、どうぞ、親先生が喜んで頂くようなご本部参拝でありたい、と。そこで、親先生がどうあることが喜ぶだろうかと、まず一つ、皆さんが思うてみなきゃいけんのですね。これはね、私自身の信心が、金光大神に通うており、天地に通じておるということを、皆さんが(   )見なさらなければ、ただし、親先生だけが喜んだってつまらんことですからね。けれども、私が金光大神に通じ、天地に通うておるとするならです、これは、やはり天地の親神様に喜んで頂くということは、そのまま、やはり親先生に喜んで頂くということが一番手近なことではなかろうかと、こう思うのです。ね。
 ですから、皆さんがやはり、見極めて頂かなければならない。私の信心、二十年間を振り返ってみて、ね、ずいぶんと色々なところを通らせて頂きましたが、まあ、私自身の持つ業と申しますか、めぐりと戦いながら、または、これは私の感情型とでも申しましょうか。いわゆる、過多症ですね、私は。いわゆる、多すぎるんです。その、もう、一番苦しんだのは、この感情型でしたね、私の。そういう、例えば、修行に取り組ませて頂きながら、いつも絶えず、天地との繋がり。神様と私との関わり合いが、ね、はたして、間違っては行っておらんかというところを、これは、まあ、厳密に言うなら、日々そこに焦点をおいて、私の信心は進められて来た、と自分で思います。ね。
 昨日の御理解、今朝の御理解に頂きますように、ね、真、ね、真心というのは、神様が喜んで頂くという心だと言うです。まあ、いろいろな角度から、真心は説かれております。また、その説かれておることの、どれも事実であります。けれども、その(勢い?)を頂くところは、神様が喜んで頂くという思いとか、行いとか。ね。神様に喜んで頂くという心が、そのまま真心だと、こう言う。ね。
 ですから、人に対する、事柄に対する前に、ね、この事柄を真心を持って行うという前に、この人に真心を持って接するという前に、まず、接しようとする、行おうとすることが、はたして神様の心に叶うであろうかという事の、ひとつ極めをつけてから、それに進まなければならないことが分かります。ね。
 金光様の御信心すればね、いわゆる、真で成就せぬことはなし。ね。成就せぬその時は、氏子の真が欠げとる。だから、どうでもこの真、または真心というものを追求して行かなければならないことが分かります。ところが、実はおかげばかりを追求しておるといったような向きが多いのです、お互いに。
 私は神様に喜んで頂くということは、何も出来ませんですけれども、けれども、ここのところは、やはり喜んで頂けるであろうと思われることはです、ね、昨日、昨日の晩でしたか。ここへ下りてから、ちょっとテレビち言って入りましたら、この頃から歌舞伎の(市川じゅかいさん)が亡くなられましたですね。
 その方のことについての、(ばんどうみつごろうさん)を中心にして、座談会のようなものがあっておった。そして、その、(じゅかいさん)の良い場面が、折々中にはさんで、その、まあ、思い出話をなさっておられました。まあ、それこそ、みつごろうさんなんかは、その場面を見る度に、目がこうやって拭いとる。
 今、そこに、まだ、じゅかいさんがおられるような思いがします、と言うて。ね。いわゆる、人間国宝ですかね、の、あれも受けられましたし。もう、この方の場合なんかは、もう、十二分に、この、何て言うですか、家柄というものを求めたっち、ずうっと。
 だから、もう、ただ自分のその、生き方の上にいつも工夫をこらして、しかも、歌舞伎という難しい伝統の中で、その歌舞伎の業を磨いた。歌舞伎は、もう絶対、(くれん)と言うてから、師匠から弟子に、または、親から子に、その秘伝というものが口伝えに伝えて行かなければ、本当の歌舞伎というものは出けないとまで言われるほどに難しい、言うなら、歌舞伎の世界でです、ね、何のいわば家柄も持たずです、ね、特別に良い師匠についたという訳でもないのに、いつの場合でも、やはり立派な新しい歌舞伎。または、古典の歌舞伎の中に突入し、または、そこを編み出してきた。そういう意味で、素晴らしい歌舞伎の新たな道を開いた方だとして、いわゆる、褒め称えておりました。
 私はそれを聞かせて頂きながら、自分の身に比況しながら、涙を流しながら自分も聞かせてもろうた。(      )。私どもでも、なるほど、師匠は、私の親教会が善導寺であり、親先生もやはり師匠であり。ね。または、私どもの先達先輩には、有名な大徳を受けられた先生方がおられるけれども、そんなら、それを手をとって教えてもらうということは、一つもしなかった。いや、むしろ教えて来られたことを一生懸命守られてきて、疑問を感ずるようにすらなった。ね。そこで、例えば、なら、親先生に私は、ね、しばらくね、まあ、親不孝な子供が、親の言うことを聞かずに、それでもやはり、(向学?)止みがたい心を持って、言うならば独学ででも、まあ、東京なら東京にでも上がりたいというようなものだと思うて、しばらく、目をつぶっとって下さい。私がどういう信心をさせて頂くかと言うて。あんたは、そういうことがっかり言うてと、言うて親先生は仰いましたけれども。
 まあ、それから、いわば私の独自ないわば信心が始められたわけであります。ずいぶん、だから、非難もありましたし、あれは金光教じゃないと。あれは、もう拝み屋だ、と。まあ、様々なことはございました。その中には、検事問題が起こったり、警察問題が起きたり。ね。または、警察から迎えに、私に来ましたり。そういうような事もあった。
 衛生局からも引っ張られたりいたしました。ね、様々なところを通った。もちろん、同じ道教の同じ信心を頂いておるお道の信心友達からも、まあ、言うなら一応に放されたり。または、師匠からは、もう、あれは親でもない、子でもないとまで言われたけれども、私はそこんところを、先ほど申します、自分の感情型に苦しみながら、ね、そして、いよいよ金光様の御信心というものをです、ね。
 だから、私が今ここで申しておりますことは、ある意味で金光大神のです、今まで金光大神を知り得なかったところ。金光大神の教えの深さ広さというものに添えて行っておるということが、合楽の信心だと思います。ですから、お道の同じ信奉者でも、私の話を聞き疲れる人がずいぶんあります。そげなことまで聞いたことなかと言われるんです。そうでしょう、新たなことを言ってるんですから、日々が。ね。
 ですから、私が神様に喜んで頂くと言うならばです、ね、もう限りなく金光大神という、後にも先にもないであろう大宗教家の信心をです、それを、いよいよ深めて行こうとしておる、いよいよ、広めて行こうとしておる。只今、ここへ座らせて頂いて、今日は何をお話させてもらおうかと思うたら、昨日一昨日、その、私がテレビで見た市川じゅかいのことを頂いた。
 私はそういう意味合いにおいての開拓者にならなければならん、と思っておる。ね。同時に次に、「市川緑扇」ということを頂いたが、市川緑扇というのが、すいは「緑」という。せんは、だいたい、これじゃないですけれども。私がこう間違えたのは、せんという字を、「扇」という字を頂いた。(せんひゃくのせん?)ですね。いわゆる、その、生き生きとした心で、いついつ、どこまでも広がって行こうとする、その心なのだと、私の取り柄は。これは、もう、限りがない。
 ところが、その皆さんの、この信心をだんだん見ておりますとね、あるところまで信心が進んで、言うならば、まあ、親先生が言うこと一遍通りわかった、と。おかげを頂くコツあいも分かった、と。だいたい、神様っちゃ、こういうお方だと、もう、そういう程度に決めてしまってね、それから以上の信心を進めようとしない、ということなのです。ね。
 だから、これでは、どういう例えば良い信心を今頂いておる。今の時点においては頂いておっても、神様はそれでは喜んでは下さらんということ。神様が喜んで下さるのは、もう、限りなく、どうぞ、氏子信心しておかげを受けてくれよということなんです。
 今のままで平気で、もう限りなく、いわば、扇子を広げて行くようにです、末広に限りなく(    )を受けてくれよということなんです。緑扇のすいは緑、緑ということは、生き生きとした、言うなら、青々とした、いわば若葉のような勢いというか、心なのである。ね。
 ですから、もう、いつの場合でもジッとしてはいない。いつも、パッと思うような、新たなことを悟らせてもらっては、そういうことを、自分を(予言?)しておる。と、もうその次には、ここでは次の信心が待ち構えておる。ね。世の中のこと、ね、いろんな空言であり、たわ言である。
 親鸞上人様は、そのように言われた。だいたい、この、世の中のことは、たわ言だ空言だというのは、こういうことらしいんです。ね。人間は、頼りになるものは何もない。ね。頼みにしておる親も、頼みにしておる子供も、実は頼りにはならない。財産も物も、(つゆもぶりえ?)も頼りになるものではない。
 もう、何一つとして、それは頼りにしておるのはたわ言であり、頼むにしておるのは、それはみんな空言なのだというのが、親鸞のご精神だと、まあ、そのように研究をした方達は説いておるわけですね。
だから、それもそうだ。けれども、私は親鸞のその言葉の中からです、私流に私が解釈させて頂いて。親鸞という人も、やはり限りなく自分というものを見極めて行った。ね。
 自分というものを、いよいよ深めて行った。深めれば深めるほど、煩悩の浅ましさに自分ながら、ただただ驚いてしまっておる。ね。自分のような浅ましいものでもです、けれども、頼めばついて下さるという(みだづつの?)そのものの中にです、ね、その願えれること、頼まれることが、真宗仏教の信心だと説いとるわけです。(     )が罪業のいわば悪人であってもです、ね、ただ、(たぶんに?)迷わせるということ。そこに、極楽往生をお互いよしという風に言っております。
 そして、自分自身のことは、ね、自分自身の信心の過程というものをふり返ってはです、ね、それはみんな、これは、私の解釈です。みんな、空言になって来たということです。もう、その時点時点が本当のことであって、もう、過去の信心は、もう、これは嘘のことであると、自分にとっては。より本当なことを、より本当なことを求めて行くのですから、もうこれ、いわば、(   )になったり、たわ言であるということになって来た、という風に私は頂いております。だから、私は親鸞のそこを買います。ね。そこに、私と信心(親鸞?)と、ひとつの一致点を感じます。ね。もう、限りがないのです。もう、九十三歳にもなった親鸞が、そう言うておるですもんね。ね。
 世の中のことは、真あることなし。もう、すべてが、空言たわ言だと言っておる。それは、なるほど、親鸞が言っておられる、もう、世の中のことは、すべてのことが頼りになるものはないのだということ。ただ、真あるのは、南無阿弥陀仏だけしかないんだと言っておる。
 私は、金光大神だけしかないのである。そこで、なら、金光大神のあの百八十何ヶ条の、覚えようと思えや、すぐにでもその暗記は出けるほどしの、言うならば簡単なその御教えの中にです、ただただ、驚くばかりに限りもない、いわば、本当のことが秘められておることに、日々驚いておるわけであります。ね。
 だから、これを追求して行くこと。これを求めて行くこと、この姿勢を取っておるということがです、私は神様に喜んで頂く、私の信心を見るなら、それだと思うんです。ね。神様に喜んで頂きたいと思う心が真心なら、ね、いよいよ神様の心をより深く分からせて頂いて、それを自分のものにして行こうとする姿勢こそ、私は神様に喜んで頂く信心の、まあ、第一の信心ではなかろうかという風に思うのであります。ね。
 だから皆さんがね、もう、ここまで分かったら良いというようなことは、決してありません。今までは、神様に喜んで頂く信心ではあっても、もう、そこで止まっておるとするならばです、ね、もう、貴方の信心は真心ではないということになります。
 今日、朝のお届けを終わってから、茶の間に下がらせて頂いて。ちょうど、高橋さんと、それから茂さんがご用のために今日みえておりましたから。それと、繁雄さんと四人で、色々話させて頂く中に、どうでしょうか皆さん、私がお話をしておることが、皆さんの胸に障るようなことなかろうか。どうも、先生なうだごつばっかり言うちゅう風に聞こえりゃせんだろうか。
 第一、私が家族の者を褒めちぎって話すといったようなことなんかは、これ、あなた方の胸に響いて、あの、まあ、本当、わが身の自慢ばっかりさっしゃるち言うてから、思いよりゃせんじゃろうか、大きなこと言うて下さいち言うてから、聞いたんですけれどね。
 私はそれで、だいたい、そういうとこのありますですもんね、(      )のが好き、昔からです。ね。ですから、もう、私の自慢は、まず第一、兄弟自慢。それから親自慢ですね。で、最近では、まあ、子供達が、子供だという自慢である。ね。決して、私は器量のいいとか、頭良いと言うては、まあ、そのままがしらごとになりますもんね、いくら自慢したっちゃ。けれども、その、私はね、私が願いとか、私の思い以上にね、子供達がご用にお使いまわしを頂いて行っておるという事実なのです。ね。例えば私の両親がです、ね、先日からちょうど父が、8日間からご飯を食べてませんでした。もう、一遍、前に行ってみると、ここにタンがつまって、それが大変苦しそうで、普通で、もうタンがここにごろっと詰まったら、もう、それでお終い、と。もう、起きもきらん、立ちもきらんごとなっとりました。
 ところが、私が毎日行ってもですね、ますますひどくなるんです。それで、フッと私考えつかせて頂きまして、それから行くのを止めまして、一週間ばっかりしてまいりましたら、おかげを頂いて、自分で立ち上がれるようになり、(    )に座って、食べれるようになり、で、ヒゲでも剃ろうか、紙でもつんでもらおうかというくらいになり。ご飯も美味しゅうなり、おかげ頂いておる。
 はあ、本当に不思議なことだと思うね。とにかくね、人間の真心というものはね、必ず人間の真心には、情がつくものです。先ほどから言う、ね、神様に喜んで頂く心というのは、ただ、撫でたりさすったりすることじゃないということです。ね。そこで、私は、もうこれを修行と思うて、行くことを止めましたら、それを堺にご飯を頂くようになったり、だんだん元気におかげを頂いております。ね。
 というように、親なんかでも、本当に私ども良い両親を、皆さんだってそうでしょうけれどもね。良い両親を持って、本当に幸せだと思わせてもらうことが、いつも自慢話、親自慢になるわけ。子供達が本当に、時々は器量がよかったり、頭が良かったりして、よう出けるというのじゃなくてです、もう、思いもかけないところに、神様がそれぞれのご用にお使いまわしを下さるということ。
 もう、私どもの子供の、ひとつ、一人一人を見て頂くが一番ようわかる。まだ今年から高校に参ります栄四郎は、まあ、海の物とも山の物とも分からんけれども、もう、幹三郎までは何とはなしに、それぞれに希望が持てる道がついたという感じがする。しかも、本当に神様が使うて下さらなければ、あのように使うては下さられないと思うくらい。もう、最近なんか、光昭なんかは、もうまるしょうのことで、もう、昼も夜もないように、(大あらわ?)であります。どこどこの教会に、どこどこにという風に、ああして、今晩からもあちらに、平原の方ですか。あちらの方へ幹部の者をつれて、まいっておる。今度、ここの近所のまるしょうが三百名から集まる。ここからも、四十名から行くらしいですが。まあ、大掛かりな、そういう、少年少女会の何かその行事があることに、もう、一生懸命取り組んでおります。ね。
 幹三郎は、皆さんがご承知のように、日々のご用をさせて頂いて。で、今日はまるしょうで、みんな一緒に行っております。ね。ですが、もう、本当にあれ何て言うんでしょうかね。もう、神様がね、お育て下さっておるという事実をね、皆さんに見て頂いて、私が言うならば、こういうおかげが受けられると、いわば広め示しておるのですが。ね。それを、皆さんに聞いてもらうのが、何か自慢話のように聞こえりゃせんじゃろうかと言うて、今朝から皆さんに聞いたことです。
 そんなことはありません。事実、やはりおかげを受けておられますから、と。ね。例えば、人間関係の上にでもです、家庭の上においてもです、ね、んなら、そういうものがですね、どうして、どういうところから出けて行っておるかということをです、やはり、神習うて頂きたいと、こう思います。ね。
 昨夜、御祈念が終わってからでした。今日は栄四郎の高校の入学式でございました。それで、家内が今日、行かなきゃなりません。それで、その、バスで参りますと、ちょうど栄四郎はちょうど良いけれども、家内は一時間ばかり待たなきゃならない。それで、私が家内に申しました。そんならお前、一時間ばっかり、もう、あそこの、すごい(     )じゃけんで、綾部さんのところでお邪魔になってからのや、あそこへ、お邪魔になって行きゃええじゃないかち言うたら、はあ、もう、それが出けるごとあんならちいうか、もう、何か、もうえらい、こう言う。それで、私は家内の心を知っておりますからね。ほんなこて、お前、やっぱり行きはきるまいと言うて、まあ、んなら、汽車で行きゃよかたいち言うちから、まあ、参りましたことでございますけれどもですね。もう、それで第一、ものを言うことがなかった。
 私は、もう、ずいぶん(       )あの貧乏いたしました。これはもう、貧乏ちゅう段じゃない。もう、そりゃ大変なことでしたけれどね。私は一遍も家内に借金の断りをやったことがありません。実を言うたらいけんのです、この人は。ね。だから、もう、お前のごと、もっと、まあ、あの、この辺の言葉で言うと、何ちゅうか。その、ようかれだなと私が言うて。この辺で(ようかれ)ちゅう、何しきらんもんのことを。お前のごたるようかれはおらんよち。本当、また、(     )よかれはありませんち。
 人にものも言やあきらん、本当に胸を言いやきらん。何も言いきらん、何も出けん。それがおかげ。ね。もう、これは本当に今も申しました。もう、それば言いよったら、心で何か涙がこぼれて来た。もう、お前を残してでん私は死んじゃいかれん。お前よりか、どうでん、私よりかどうでんこうでん、お前の方が早う死んでくれなきゃ出来んち。もう、お前は、もう俺からいつも離れることの出来ない人間に生まれておるのだね、と言うてから、まあ、ここで話しました。
 それは、やっぱ彼女、それ聞いてから笑いましたけども、本当なんです。もう、私から離れたら何も出来ないんですよ。それけん、お前はようかれだ、というような。けど、本当のようかれじゃない。ね。それは、例えば皆さんの10倍ぐらい元気なところがあるです。さあ、この人が、自分の方へのかかって来る苦労のことなら、もう、絶対もう、私よりかビクともしません。
 もう、どがしこ貧乏させようが、どれだけ何が与えられまいが、どれだけでも時間がなかろうが、もう、不平どん言うたこともなかにゃ、不足どん言うたことはありませんです。この強かつには、もう、とにかく私が舌を巻いておりますから。だから、本当のようかれじゃないごとある。しかし今日は、その話を私は皆さんにしました。高橋さんが、とてもとても、それはもう、本当、合楽教会の奥様がおられるから、現在の合楽教会があると言われるが、本当にそうだと私が思うです。ね。
 だから、本当のようかれじゃない。ね。いわゆる、ここだけは、誰も真似の出けんごたるところを、ちゃっとその、やって行っておってくれてる。まあ、本当に、合楽教会、いわば、私と一緒にならなければならない訳が、そういうところにあったように、私は思わせてもらうんです。また自慢話になりましたけどね。
 だから、私が自慢話をするところを、皆さんがもし追求して下さるなら、もっと私はそのことを説明したいと思うんです。そして、そういうことがです、いつの間にか出けるようになっておるという事なのです。ね。今朝から皆さんに聞いて頂いたんですけれどもね。ね。真に有り難いと思う心、すぐにみかげの始めと仰るが。ね。みかげとは霊験と書いてあるが。ね。真に有り難いという心は、どういう心か、と。
 色々ありましょう。けれども、本当に真に有り難いというのは、いつの間にか有り難くなっておる。いつの間にか強うなっておる。いつの間にか、だんだん自分の全身全霊に有り難いというものが染み込んで行っておるというようなおかげを頂くということが、真に有り難いのだ。ね。
 それにはね、例えば、おかげを頂くから、ごりやくを受けるから、いや、もう、信心のこの程度までは覚えたけん、もうよかといったような信心からは、絶対に生まれて来ない。例えば、なら幹三郎が、おかげとかご利益とか、そんなことは全然ない。ただ、本気で信心になりたいと、こう言うておる。また、思うておる。そして、あのように、いわば修行させて頂いておる。
 そして、自分の願い事は聞いてもらったことはないと言うけれども。それでも、なるほど信心は理屈ではない。この頃は何とはなしに有り難いものが、少しずつ分かって来たと言っておるように。そういう、何とはなしに有り難いものが染み込んで。ね。いわゆる、真の髄から有り難いものが、次第しだいに染み込んで行く。もうそこには、ご利益とかおかげとか、降るとか照るとか問題じゃない。だんだん有り難うなって行く。これがね、信心を極めた上にも極めて行こうとする精神からしか与えられないものである。
 真に有り難いというものは、そういうものだ。私一家ちゅうか、私と家内の上には、何かそういうものがです、いつの間にか、いつの間にか有り難うなることの(姿勢?)が向けられ、強うなることに、いつとはなしに強うなっておるというようなおかげを頂いております。
 神様が喜んで下さるというのは、そういう事じゃないだろうか。ただ、時々はもう、涙んこぼれるごと有り難かかと思うと、ね、明日はもう、いっちょん有り難うなか。神様に不足どん言いよるような有り難さでは、本当の真に有り難いじゃないということ。いつとはなしに、何とはなしに染み込んで行く心。
 それはね、本気で信心のけいこをさせて頂こう。しかも、限りなく極めて行こうとする信心姿勢というものがです、神様に喜んで頂く信心とは、そういう信心じゃなかろうか。私は、それを持って願いとしておる。それが、なら、私の心であろう。だから、そういう心に皆さんが添うて下さることが、そのまま、親先生が喜んで下さるということになるのじゃないでしょうかね。どうぞ。